今日は久々にTVでプロの試合を観たんだけど、マスターズGCレディース最終日P・クリーマーと大山志保の対決は面白かったな。

18番約14メートルの奇跡的なロングパットやプレーオフでのギャラリーの男性の手に球が当たりフェアウエーに転がった「神の手」など見どころいっぱいの試合で満足しました。




そして今日は今月末の久々のお泊りゴルフを控えゴルフ練習へ。

短いものを中心に150球打ったが、前半は当たりが薄くて後半にやっと当たりが戻ってきたな。

ただゴルフの練習以前に今月初旬のラウンドへ痛めた膝から下の骨が未だに痛い。
10分以上歩くと衝撃が骨に響いて痛いのだ。両足骨折の後遺症でしょうな。

仕方がないのでラウンドまで温湿布を貼って回復に努めることにする。



え~、こんなゴルフ本の書評を書く人はほどんどいないと思うが、どうもこれだけゴルフ本を読むとディープなジャンルまで読むことになってしまったな。(笑)

文士
文士のゴルフ―丹羽学校三十三年の歴史に沿って 2000年 展望社
<内容>
「城山三郎氏激賞。丹羽文雄のもとに集った文士たちの、多少お行儀は悪いが品格の高いゴルフぶり。元「群像」の鬼編集長の筆にかかって、文士たちは容赦なくあぶり出され、おもしろうてやがて哀しき姿を見せる。」

<目次>
戦前の文士ゴルファー
丹羽文雄ゴルフを始める
丹羽学校の誕生
ゴルフの陥穽に落ちた私
丹羽学校事務局の設立
発足当初の丹羽学校
丹羽学校とPGAの合同競技
文化人のゴルフの会
青蕃会やPGAの文士ゴルファー
その他の文化人ゴルフ会〔ほか〕

<著者略歴>
「慶應義塾大学国文科で折口信夫に師事、講談社に入社。1955年から1966年まで『群像』の編集長を務め、小説『海のまつりごと』で1982年芸術選奨新人賞を受賞」


文士とは最近聞き覚えのない言葉ですが、武士に、力士に、文士と、昔の物書き(今でいう小説家)のこと。

ワシは昔から文壇ゴルフ(特に丹羽学校)について知りたくて、三好徹のゴルフエッセイ「文壇ゴルフ覚え書」を読み、噂に聞いた文壇のゴルフ愛好グループ「丹羽学校」のことをもっと知りたくてこの本を読んだわけだ。

この文壇のゴルフグループ丹羽学校は戦前・戦中派の文士を中心に、校長丹羽文雄をはじめ中心メンバーには源氏鶏太、柴田錬三郎、阿川弘之、石川達三などで、後期になって佐野洋や三好徹など所属していた。

で、校長丹羽文雄氏は51歳でゴルフを始めハンディ8になった作家で、作家の中でゴルフがブームになった頃にその当時のNO1腕前だったので、その技術を学ぶということで丹羽学校と呼ばれ、昭和37年から平成7年という33年間の間に作家が色々参加していた。

学校と言いながらも基本は作家同士の定例コンペなので、その事務連絡に講談社の「群像」の編集長だった作者が文壇の作家たちのゴルフの面倒を見る役として「丹羽学校」の事務局長を命じられたわけで、この本はその役を通して文士たちのゴルフ及び人物像を書いたものです。

え~、ワシはこのメンバー達の作品はほとんど読んでいないな。。
ワシが学生時代よく読んでいたのは、大江健三郎、安部公房、第三の新人安岡章太郎、庄野潤三、後は五木寛之ぐらいかな? 時代が違うし、ワシは文学少年だったから小難しいものを好んでいたんだな。

で、この本は三好徹さんの本を読んで書いたけど、文壇ゴルフの作家たちは中年になって成功し座業&運動音痴のため基本的には上手くない。しかし口が悪く感情丸出しで、人の言うことは聞かない頑固者たちの集団。

そのため冷静に役をこなしていた著者による作家たちの人物像は面白い。

この丹羽学校時代を読むと戦後の高度成長期に人気作家になり同時にゴルフがブームになり、狭い文壇の世界のことながら多士済々作家もいて、学校の変遷とあいまって懐かしい思いにさせるゴルフ本でした。

昔の日本文学好きでゴルフ好きな人にはどうぞ。


え~ワシのこのゴルフ本の評価は星三つ★★★ですな。(満点は星五つ)
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