土日は久々の終日の立ち仕事だったので足が痛くて疲れたな。

でもやっと今週の土曜か日曜に休めそうだ。
先月30日からずっと休日も出勤して3週間ぶりに休めるな。(喜)

こういうスケジュールで仕事をするとオッサンは疲れますな。

しかし、昨夜も疲れてブログを書く気力もなかったが、運悪く昨日は、
ゴルフ界では松山英樹君がアマチュア史上3人目のツアー優勝や、
地元出身の藤本麻子プロも初優勝した激動のゴルフ日だったことを後で知った。

その上B1グランプリで地元の「ひるぜん焼そば」と「津山ホルモンうどん」がワンツーフィ二ッシュしたことも。

でもブログはアップしなくてもアクセス数は何故だか多くて、更新しようがしまいが全然変わらないな。
基本は検索からが多くて、内容は相変わらず巨乳&熟女ゴルフと長尺パターが多数。(苦笑)



久々にゴルフ本の書評ですな。ずいぶん前に読んだんだけど。

天国のキャディ―世界で一番美しいゴルフの物語天国のキャディ―世界で一番美しいゴルフの物語
(2006/10)
ジョン フェインスタイン

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日本経済新聞社刊 2006年

<内容>
「不治の難病ALS(筋萎縮性側索硬化症、別名ルー・ゲーリッグ病)で余命一年と宣告されたブルースは、死の直前まで親友ワトソンのバッグを担ぎ続けた…。トム・ワトソンの専属キャディとして活躍したブルース・エドワーズの友情と愛、早すぎる死を描いた感動のストーリー。全米ベストセラー。」

<著者略歴 ジョン/フェインスタイン>
「作家/スポーツ・ジャーナリスト。1977年デューク大学卒。ワシントン・ポスト紙で11年にわたり政治記者とスポーツ記者として活躍。現在は「スポーツ・イラストレイテッド」「ゴルフ・マガジン」「ナショナル・スポーツ・デイリー」などの人気寄稿者であり、テレビやラジオの解説、さらにAOLのスポーツ・コラムニストなどもつとめる。」


この本は学生時代にプロキャディのハシリとなって若きトム・ワトソンと出会い、ワトソンの活躍とともにツアーを歩んできた名キャディ、ブルース・エドワーズのノンフィクションです。

これを読むとアメリカプロツアーの隆盛の歴史と共にアメリカのプロキャディの歴史と舞台裏が覗けます。

ワトソンとの出会い、優勝そしてキャプテンをした因縁のライダーカップとか、ぺブルビーチの全米オープンでの17番奇跡のチップインなどの栄光、そしてパッティングのスランプになり、家族重視のためツアーへの情熱が失せてきたワトソンから離れグレッグ・ノーマンのキャディを2年し、それからまた旧友ワトソンの元に戻り死ぬまで合計30年もワトソンのキャディを務めたブルース。

また単なる仕事のパートナーだけではなく、親友、家族同然に付き合い、病気発覚以降は病気の治療法のために奔走し賞金でALS基金を設立するなどトム・ワトソンの言動は真摯で真面目な人柄とあいまって尊敬できますな。

しかし人気キャディ、ブルース・エドワーズの性格の明るさゆえにALS(ルー・ゲーリック病)になってからの話はやはりジーンときて涙を誘います。

オレゴン州ポートランドでの米シニア・メジャーの最終戦トラディションでの優勝。
ブルース

「トム・ワトソン&ブルース・エドワーズ。コンビを組んで、もう30年を超える。今年のマスターズでは、コンビを組むのが最後になるだろうと言われていた。ブルースの難病が、その理由だった。筋萎縮性側索硬化症(ALS)であることが判明したのが1月だった。ニューヨークっ子をベーブ・ルースとともに熱狂させたヤンキースのルー・ゲーリッグと同じ病で、すべての筋肉が萎縮していく進行性の難病(ルー・ゲーリッグ病とも呼ばれる)だ。

 ブルースは、ちょっと呂律が回らなくなった口でワトソンに申し出た。「僕は、もうトムの役には立てそうもない。だれか別のキャディを見つけてくれ」。ワトソンは、はっきりと首を横に振った。「いや、僕たちのコンビは、ギブアップしない。キミがベッドに寝たままでいたいと言い出すまではね。それとも、僕をひとりでコースと戦わせたいのかい?」
 10年以上も前になるが、逆のことがあった。ワトソンがパッティングに苦しみ、スランプに陥ったときだ。このときは、ワトソンが言った。「僕のキャディをやってもらっても、充分な収入にはならないと思う。もっと有望な選手のバッグを担いでもいいんだよ」。ブルースは答えた。「いや、僕はトムのキャディであることに誇りを抱いている。僕の誇りを奪わないでくれ」
 ワトソンは、あのときのお返しをしようと思ったが、それ以上にブルースが本当に歩けなくなるまで、コンビを続けようと心に誓っていた。全米オープンでは初日トップタイ。最終ホールではスタンディングオベーションが待っていた。今年から、シニアの全英オープンがメジャーとして位置付けられ、レギュラーツアーとチャンピオンズツアーを合わせてメジャー大会は9試合になった。そのすべてにワトソンは今年、出場した。7月の全英シニア・オープンでは、優勝を果たした。しかし、隣にブルースはいなかった。英国への参戦にブルースの体は耐えられる状態ではなかったのだ。「トラディションでは、ブルースとのコンビで優勝する」――ワトソンは、そう宣言していた。そして、ポートランドへ連れ立ってやってきたのだった。
 ワトソンは、大会実行委員会に特例を認めてくれるよう申し入れた。ブルースのカート使用許可願いだった。」


え~ワシのこのゴルフ本の評価は星★★★です。(満点は星五つ)

「ブルース・エドワーズ」



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