会社は今日から仕事始めですが、ワシは3・5日はイベント出勤でしたな。

で、12月29日に凍った地面で転んで全体重を左手首で受け捻挫し痛くて、
湿布の毎日のトホホの年始でしたが、治ったようでもまだ傷みはありますな。


なんか新年からゴルフ本の書評ばかり書いて飛ばしてるみたいだけど、
ゴルフなんか寒いので3月ぐらいまでする気ないので、次のゴルフ本を、

caddy
キャディ・ボーイの憂欝 福武書店(ベネッセコーポレーション)刊  1995年3月

<内容>
「ワルにもなれず、もてる男の子にもなれず、ヒッピーにもなれず、極端に走る仲間たちの間を右往左往するジム。ベトナム戦争前後の強いアメリカが末期にもった刹那の輝きを、ジムの回想という形で描く、明るくも切ない「アメリカン・グラフィティ」物語。」

<著者/デヴィッド・ヌーナン> (翻訳/鴻巣 友季子)
「ロサンジェルス在住。著書としては神経医学の世界を考察する研究書「ニューロ」を発表しているが、小説は本書が第一作にあたる。」



約20年前の古いゴルフ本ですが、
これはねぇ一言で言うとね、キャディをしていた17歳の高校生の1年間を書いたゴルフ小説です。
(ワシは当然ゴルフ小説のジャンルに入れてます。笑)

「アメリカが崩壊しつつある60年代半ばに、カトリックのミドルクラスの少年が大人になるとはどんなことだったか、それをユーモアとペ-ソスをもって描いた逸作」とのアメリカでの評があるみたいで、

この自伝を思わせる舞台は、1968年ボビー・ケネディが暗殺された、
そんなベトナム戦争の暗い影がさすニューヨークの郊外の田舎町コロニアル・ヴァレー。

主人公は悪にもなれず、もてる男の子にもなれず、ヒッピーにもなれない17歳のキャディ「ジム」と、

優秀な頭脳を持ちながらカレッジを何度も放校になりベトナム戦争に興味を示す兄「マット」。

周りのおかしな奇人変人たちが巻き起こすトラブルやエピソードの中で右往左往しながら苦悩する、アメリカによくある「アメリカン・グラフィティ」的な青春の1ページを描いた小説でしたね。

田舎町でアルバイトでゴルフ場のキャディをしてる主人公の憂鬱と躁鬱の当時のアメリカ社会。

ゴルフ場の客、キャディ仲間、家族、恋人など回想風に描かれていて、よくあるパターンながらまずまずの内容でした。

これは作者がジムとマットを思わせる息子に捧げた処女作らしいですが、

このタイトルを見て最初に気付いたことは、「◯◯◯ボーイの憂鬱」ってタイトルは、

1985年の村上龍の小説「テニスボーイの憂鬱」を連想させ、

この本の原題が「Memoirs of a Caddy(キャディの追想)」であることを考えれば、

出版社側が無名の作家の作品を出すにあたり、
村上龍のタイトルをパクって少しでも手に取ってもらえるようつけたタイトルだと思われますな。


え~ワシのこのゴルフ本の評価は★★★です。(満点は★五つ)
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