現在締め切り案件が集中してイライラだらけの毎日で、
今のところ5・6・12日も休日出勤で、今月は13日(日)まで1日も休みなし。

ただ13日も私用が溜まってるし、来週も別の案件多数でイライラ爆発&19・20日も休日出勤予定です。(汗)

ただ来週の16日にワシの2ヵ月半ぶりのゴルフは、石川遼君が高校生で初優勝した、
岡山で一番高い接待コース「東児が丘マリンヒルズゴルフクラブ」でのコンぺ予定ですわ。
   (しかしまだ組み合わせが来ない・・・汗)

スコアを調べたら2009年から6年ぶり過去10年で7回平均90.4(最高81)だったが、
まぁ良いんだよね、あそこは気持ちいいからね、そして今回社費でタダゴルフだし。(笑)

現在のキレそうで多忙な仕事の、ほんのちょっとの休息になったら良いのですが・・・



え~次のゴルフ本は、またまた古い24年前の本です。

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わが旅路のフェアウエイ―安田幸吉ゴルフ回想記 単行本
井上 勝純 (著)

廣済堂出版刊  1991年8月

<内容>
「ゴルフ80年の足跡をたどる、日本プロゴルフ界の最長老安田幸吉の回顧談。
日本プロゴルフ草創期三傑のひとり安田幸吉。東京ゴルフ倶楽部で小学校4年生のときからキャディをつとめ、今なおゴルフコースの設計、管理の仕事に日本中を駆けまわる。そのゴルフ漬けの人生を回想し、日本のゴルフ史を記録した1冊。」




え~、この本は見てもらえばわかるように、ある意味すごい表紙(笑)のゴルフ本です。
この表紙画像はワシがスマホカメラでとったものですが、売れた気がしない。(笑)

この本は月刊「アサヒゴルフ」平成元年(1989年)3月号~平成3年(1991年)11月号連載「粛々たるゴルフ人生八十年・安田幸吉プロのゴルフ見聞録」を改題して単行本化したものらしいです。

で、安田幸吉って、名前をかすかに聞いたような気もしますが、
一体どんなプロなんだと「日本プロゴルフ殿堂」で調べてみると、
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また2003年の「週刊ゴルフダイジェスト 10/28号」によると、
20031028dyasuda.jpg

略歴を簡単にまとめると、「大正2年小学四年生の安田の生家から200メートルの場所に東京ゴルフ倶楽部駒沢コースが誕生。キャディ見習しから小学校卒業と同時にキャディマスターになり17歳でプロ。赤星六郎にゴルフを教わり、浮間ゴルフリンクス(埼玉)を皮切りに小樽CC、千葉CC梅郷ゴルフ場など50コース以上を設計し、昭和32年に結成された日本プロゴルフ協会の初代理事長に就任。」というところか?

出版当時86歳で、この本を読んでみても怪我や病気をほとんど患っていないほど健康で、そして無冠の帝王と呼ばれるほど優勝に縁がなく、誠実で良い人のため日本ゴルフ協会初代理事長にもなった長寿プロでもある。

宮様・華族・実業家・政治家など超一流の人たちがいた東京ゴルフ倶楽部駒沢コース(駒沢・朝霞・秩父)に小4からキャディをはじめ25年間ヘッドプロを務め、後年名誉会員にもなれたほど、敵がいない良い人です。
その人の良さが勝てなかった理由ですが、人間歳をとって人生がわかる意味でいえば、幸せな人生だと思いますな。

コース設計者の立場からは、「日本は土地が狭く山岳コースが多いのにパー72のコースを作りたがる。」と、難易度の高いコースを作らないと世界に通用しないことに苦言を呈していますね。

また大正15年の日本人6名のプロで日本プロ(全国プロフェッショナル・ゴルファーズ優勝試合)や、日本オープン創設の話、

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そして昭和4年宮本留吉プロと日本人プロ初ハワイ・オープン参加の話や、昭和5年のウォルター・へーゲンとの親善試合での勝利など、日本のプロゴルファーで生き字引である取材当時最長老(86歳)の安田プロに、日本の戦前からのゴルフ創世話を聞き、安田プロの功績を称える本だと思いましたな。

そして、亡くなったのが2003年98歳というから、長寿で天寿を全うした、プロゴルファーには珍しく「良い人」のプロゴルファーでしたな。

下の写真は、日本のプロゴルファー3名による第1次遠征で、昭和10年からの6名による第2次アメリカ遠征チームでは安田プロがキャプテンでした。

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(これの第2回遠征には以前書いたトイチこと戸田藤一郎プロも参加していましたね)

え~ワシのこのゴルフ本の評価は★★★です。(満点は★五つ)

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